都心部再生のためのシナリオ VOL.1



 〜自転車をのせるのもOKです〜
建築家・常葉学園短期大学講師 栗田 仁

多くの先進国での施策の過ちに気がついて、早々に方向転換・軌道修正を済ませ、すでにその効果があがっていることが知られているのに、我々の周辺では依然として”いにしえの常識”にもとづいて大胆に世界の趨勢に逆行する施策が継続されている・・・「ちょっと待って」・・・そんな一文です。


 新幹線の切符は、自動販売機で買うと裏に黒い磁気コーティングがなされた乗車券と特急券の2枚でワンセットになっています。近頃の自動改札機は、この2枚を重ねて入れても瞬時に読み取るという離れ業を見せてくれます。しかしながらこの技術の「進歩」を私たちは喜んで良いのでしょうか?
 私にはこのハイテク装置が日本の”人を基本的に信用しないシステムの一つの到達点”に見えてしまいます。大勢の乗客の中には、様々なテクニックを弄して不正乗車を試みる人も少なからずいるからということで、丁寧なことに、改札をした上に車内でお眠み中のお客さえ起こして検札をしています。
 少数のアウトローを取り締まるために大多数の善人を疑ってかかる…そういう図式です。
 この話を複数の鉄道関係者の出席しておられた会議の席上でしたことがあります。こんな答えが返ってきました。「フランスへ視察に行き、改札の無いシステムを経験し感心した。しかしながら、日本での或る調査結果によると、”鉄道に不正乗車したことがある人は6割を越え、今後機会があったらするかもを含めると9割に達する”というものであり、これを見たらとても踏み切れない」とのことでした。
 敗北主義でお話になりません。犯罪の発生確率からみて、ヨーロッパの人間に比べて、日本人はそんなに情けない人種なのでしょうか?治安は明らかに日本の方が良いし、重軽いずれの犯罪発生頻度もヨーロッパより少ないはずです。そして、電車、地下鉄、バス、市電等で改札の習慣がない彼らでも、決して「放し飼い」というわけではありません。”基本的に人を信用するシステム”を裏切ったという事実が抜き打ちの検札で発覚したら、これはもう無条件に高額のペナルティが課せられます。この罰則規定が不正乗車抑止の効果をあげているという面もあります。


 ウィーンでは、電車もバスも市電も改札無し。パリでは地下鉄は自動改札ですが、SNCF(フランス国鉄)をはじめ、列車の場合は改札無しです。ヨーロッパ各国の鉄道も同様です。
 「改札が無いのなら、どうやってチェックするの?みんな定期なの?」…こんな疑問を誰しも抱きます。定期券の利用者が多いのは事実ですが、観光客をはじめとしてシングル・トリップのお客だって少なくありません。そんな人達はどうするのでしょうか?
 乗客の「自主改札」がその答えです。切符に鋏(はさみ)を入れて2回目はないという状態をつくりだすこと「入鋏(にゅうきょう)」と言いますが、鋏がスタンプに変わった今日でも意味するところは同じ、要は再度使えなくする=キャンセルするわけ。
 乗客の「自主改札」とは、電停や車内にある自動入鋏機にチケットを差し込んで、表面に日付と時間の刻印を打つことをいいます。ヨーロッパと日本の犯罪発生確率を考慮したら、日本が真っ先に取り入れて良いシステムです。


 乗客自身による自主改札は、実は回り回ってバリア・フリーの環境をつくるのにも効果的です。わが国の多くのバスは、運転手の脇の前扉の1箇所だけから、1列で1人ずつしかお客が降りられません(後降り前降り方式の場合)。ですから停車時間が長くなります。また運転手の目の届かないところでお客に乗降されたら、料金を取りはぐれてしまうわけですから、ヨーロッパでは当たり前のように目にする2両3両4両連結は望むべきもありません。運転手1人当たりの運行効率も著しく劣っています。
 ところが、改札無し、もしくは自主改札の方式を採用すると、複数の幅の広い乗降口から大勢の乗客が乗降できますから、1.バリア・フリーと、2.大量輸送と、3.停車時間の大幅な短縮が可能になります。
 さて、近ごろのLRTの最大の特徴ともいうべき性能が「低床化」です。道路面から電車の床までの高さが20〜35センチとなっています。これはどういうことかというと、電停(安全地帯)の高さをそれと同じに作れば、車椅子でもベビーカーでも、ステップ・レスで水平移動のみで極めてスムーズに乗車ができるということです。
 従来の路面電車の床高は80〜90センチくらいでしたから、2〜3段のステップが必要でした。ところがヨーロッパでは路面電車の技術開発競争がおこり、車軸が車台を貫通せず、左右独立車輪で、支持、駆動、制動する事ができるようになると、床を極限まで低くすることが可能になったのです。
 低床化はバスから始まりました。その後、電車についての開発競争が白熱化し、現在もっとも低いのはウィーンで走り始めたポルシェ・デザインの車両で、愛称はウルフ、床高198ミリを実現しています。
 LRTのこの地面との近さは、他の大量輸送機関にくらべて大きなメリットとなります。すなわち、地下鉄や高架のいわゆる新交通システムにくらべ、地下に潜ったり、高架軌道の所まで昇っていくことが不要なこと、つまりエレベーターやエスカレーターに関する投資を必要としないということです。


 かつての路面電車は、軌道の上をガタゴトと、けっこう大きな音をたてて走っていました。ところが近ごろのLRTは、獲物に襲いかかろうと間を詰めていく猛獣の歩みのように静かに非常に滑らかに走ります。
 都心の中心部では、今まで車の走行音にかき消されていた人々の語らい、街路樹に飛んできた小鳥の声、教会の鐘の音などがはっきりと聞こえてきます。
 そして、トランジット・モールになっている都心部を走る際には歩行者のスピードから自転車のスピード程度。それが一転、郊外の専用軌道では70キロ以上で走ります。走行音は高速運転になっても変わらず静かで滑らかです。


 モータリゼーションが行き着くところま行くと、車では身動きがとれない都心部が嫌われて、商業施設も都心立地から郊外のロードサイド立地へと徐々に変わります。
 人々が郊外に「流失」し、市民の購買行動のパターンが”車利用による郊外の大型店志向”が多数派となり中心市街地の衰退が始まる⇒衰退化で守りに入った商店街が街の演出のための思いきった投資をしなくなる⇒さらに中心部の輝きが鈍る・・・こんな悪循環のパターン。近ごろは日本中どこでも聞かれる話ですが、これは何も日本に限ったことではなかったのです。
 北米でも西ヨーロッパでも同じ問題を抱えていました。「ました」と過去形になっているのにご注意下さい。世界で最も速い時期に手を打って成功したのはカナダの街でした。カナダの中西部、ロッキー山脈の東側に広がる大平原に広がるアルバータ州の州都エドモントン(人口82万人)では1978年に、第二の都市カルガリー(人口72万人)では1981年に市街地の再活性化を意図して、かつては廃止した路面電車を都心部へのアクセス手段として復活させました。
 カルガリーでは都心部で車の乗り入れを禁止し、トランジット・モールとして、その区間の運賃を思い切って無料化しました。読みは大当たりで沈滞していた中心市街地が一気に活気づいたといいます。
 その後、カナダでの成功は北米各地、ヨーロッパにも伝わり、78年のエドモントン以後、24ヵ国51都市でLRTが採用され、70都市で計画中と言われています。
 ここストラスブールでも、かつては同じ悩み(都心部の衰退化と交通渋滞による環境悪化)を抱えていました。街の名前が極めてドイツ的(ドイツ読みすればストラスブルク)であることからも想像がつくように、この街は時代によりフランスであったりドイツであったりしました(A・ドーデ『最後の授業』参照)。
 「東のパリ」という言い方もあるようですが、住んでいる人の気質はドイツ的でもあるようです。ドイツの各都市のLRT導入による成功例を間近に見ることのできる位置でありました。


 この街では、世界中のどこの街にも走っていないユニークなLRTが人気を集めています。私たちのように日本から乗りに来る人もいるわけで…。
 大英断ともいうべきこの近未来型LRTは、市長選挙の争点となり、LRT導入を訴えたトロットマン女史が当選。1994年、最先端のLRTが登場、その車両デザインが傑出していたこともあって世界中の話題をさらいました。
 よほどの自信がないとやれないことだと思いますが、LRT建設に伴い、1991年、中心市街地の800台収容の駐車場を撤去し、さらに92年には、自動車が中心市街地に乗り入れることを禁止しています。ここまでやって都心部が衰退したままだと大変なことになったのでしょうが、結果は思惑通りの大成功。
 ちなみに車両のデザインはベルギー人、製造はイタリアとスウェーデンの合弁会社でありました。
 北米の都市に比べたら道路の幅が狭いこの街での成功の要因は、
 1.中途半端にLRTと車の共存をせず、思い切って車を排除して、トランジット・モール化をはかったこと。
 2.都市部への車アプローチをなくすため「パーク&ライド方式」を可能にするLRT郊外の駅の駐車場整備を同時に行ったこと。が重要なポイントでした。
 現在、南北線の約10キロで営業していますが、この成功に勢いを得て、2000年までにあと2路線22キロを延伸する計画が国の承認を得ています。