都心部再生のためのシナリオ VOL.2



建築家・常葉学園短期大学講師 栗田 仁

多くの先進国での施策の過ちに気がついて、早々に方向転換・軌道修正を済ませ、すでにその効果があがっていることが知られているのに、我々の周辺では依然として”いにしえの常識”にもとづいて大胆に世界の趨勢に逆行する施策が継続されている・・・「ちょっと待って」・・・そんな一文です。


 街の将来像を描く際に、資料として、アンケート等で商業者の声、市民一般の声を集めると、現状街中の駐車難から”顕在する需要”すなわち「都心部に欲しい施設」として駐車場がクローズアップされて来ます。しかしながら、その手のアンケート結果を真に受けて、都心部に駐車場を増設するという施策を打ち出したとすると、世界の先進国の趨勢、あるいは時代の要請に大胆に反することになります。
 「駐車場が足りない」ということで対症療法的に駐車場を増設しても、問題の根元的な解決にはならない、ということをもっと認識する必要があるのですが…。
 このままでは、私たちは子孫に、温暖化しダイオキシンまみれになった地球の環境を「巨大な負債」として譲り渡さなくてはなりません。世界中の国々で、都心部に車を入れさせないように様々に知恵を絞っているこのご時世に、今以上に車を都心部へ集めるような装置を増やすようなことをして良いのか、謙虚に検討してみるべきだろうと思います。


 バスでは路線網の構成が不便で、都心部のターミナルで乗り換えると、今の料金システムでは、そこから「初乗り料金」を取られます。中心市街地は渋滞気味で、バスの定時走行も怪しく、そもそも著しく料金が高いので、市民は地球に優しくない行為とわかってはいても、2000ccの車(水平投影面積は約8平方メートルで4畳半以上)に1人乗車で都心に向かうという「不合理」に甘んじなくてはなりません。
 ここフライブルクでは、実にユニークでわかりやすい方法で、市民に、この面積効率の違いを表現しています。3両連結のLRTのボディに、原寸大の自家用車を描き(LRT3台分の長さに乗用車6台はいります)、そこに乗車人数を大きな数字で「1」 「3」 「2」などと表示、一方その上に原寸大の乗用車より一回り小さいくらいの大きさで「326」と表示されています。
 つまり、自家用車だと、このスペースに車6台、10人くらいしか運べないけれど、LRTなら3両で326人も運べますよ、という「比較広告的」デモンストレーションです。
 現状の都心部における駐車場難という不都合に対し”そもそも車で都心部にアプローチすることが正しくないのではないか?”と問題点を捉え直すことが、今、緊急な課題です。
 日本では「常識」とされたことが、実は世界の常識に反するという事実にもご注目下さい。静岡県ではトップ2の大都市である静岡市と浜松市で、都心部に大型駐車場の建設計画が進行中です。大変残念ですが、未来に禍根を残すものです。


 中心市街地への車乗り入れ規制は、多くの街で実施されています。例えばシンガポール。この街の中心部には「Restricted Zone」の表示がなされ、この地域に自家用車を乗り入れるのにはお金を払わなくてはなりません。合衆国の首都ワシントンDCでも、中心部に1人乗車で自家用車を乗り入れるのにはチェックポイントで料金を払う必要があります。
 一般に中心市街地で自家用車の乗り入れ規制が発表されると、北米の例でもヨーロッパでも例外なく「そんなことしたらお客が来なくなる!」という商業者の大反対があったと報告されています。
 しかしながら、結果は逆で、中心市街地の乗り入れ規制をしてLRTを導入した街々では軒並み街が活気づき、お客を増やしています。乗り入れ規制は実は「打ち出の小槌」であったりするのです。
 「歩行者天国」が日常的になって、そこを滑らかにLRTが走り人を運ぶ…車の入ってこない都心部での街のにぎわい…忘れていた重要なことを思い起こさせてくれるような風景です。


 ドイツでは現在29の街でLRTが走り、一度「死んだ」街が活気を取り戻しています。そのような街の一つ、ここ大学都市フライブルクは人口約20万人。黒い森(シュバルツバルト)の玄関口としても知られています。
 近年は太陽エネルギー利用、廃棄物のリサイクルや環境教育等、環境に配慮した政策でドイツの最先端(ということは世界一)の「環境首都」と呼ばれています。多岐にわたる政策の中で、交通対策も特筆に値するものがあり、全低床式、部分低床式のLRTが走っていますが、ソフトの面でも注目に値する多くの知恵が盛り込まれています。
 今ではちょっと想像がつきにくいのですが、かつてのドイツは公共交通機関の運賃が高い国でした。そのことがモータリゼーションに拍車をかけ、しいては有名な「黒い森」にも酸性雨被害が報告されるようになると、彼らはきっぱりと方針を変えました。
 1984年、公共交通機関を安く利用できるようにすることで自家用車利用を抑える狙いで、ドイツで初めて「環境保護カード(割安の定期券)」を導入しました。その後87年にバーゼル(スイス北部、ドイツ、フランスと国境を接する部分のある中核都市。フライブルクの南約50キロ)で発行された環境保護券を参考に改良を加え、できあがったのが世界的に有名になったレギオカルテ(Regio-Karte地域環境定期券)です。
 大人用1ヶ月有効で1枚59マルク(約4800円)、これでフライブルクとその周辺地域の総延長2600キロ、南西ドイツ、スイス、南東フランスにまたがる区間の公共交通機関に乗り放題なのです。さらにすごいのは、この定期券は無記名、つまり貸し借り自由、その上、日曜祭日はこのカード1枚で大人2名子供4名まで乗れます(犬は子供と同じ料金で乗せることができますし、自転車も大人と同じ料金でOK!です)。この環境定期券の政策と併行して、都心部の駐車料金が上げられているあたりにドイツ人らしい緻密さを感じさせます。
 大方の予想通り、このような施策は補助金なしには成立しません。現状ではフライブルク市と州が40%の補助金OK!で行われているようですが、関係者によると、利用者の大幅な増加によって、将来は補助金ゼロで採算がとれるという見込みもあるようです。
 定期券利用以外のLRTの料金は、距離に関係なく1時間有効で3マルク(約240円、乗り換え自由)、1日券で8マルク(約640円)とこちらも私たちの感覚からすると随分安い!です。


 建設費に注目してみましょう。LRTの建設費は、地下を掘ったり、高架にしなくても良いので、1キロ当たり20億円前後と言われています。ちなみに地下鉄がキロ当たり300億円以上、「新交通システム」と呼ばれているものがキロ当たり100億円前後ですからLRTは建設費の上でも財政的負担は軽くて済みます。
 なお、新交通システムの代表であるモノレールは、千葉市、茨木市(大阪府)の例をご覧いただくと、その暴力的とも思える大掛かりな高架工作物が街の風景にとって撹乱要因になっているのに驚きます。バリアフリー環境を実現するのはエレベーターかエスカレーターが必要になり、工事費がかさむ構造になっています。