静岡県焼津市で、約100年もの歴史を持つ小さなお茶屋さん「茶郷山いち」様。創業当時は、工場が併設されており製茶の事業だけを行っていました。事業の継続がむずかしくなったことをキッカケに、規模を縮小し小売りだけで続けていくことに。
それから30~40年もの時が経ち、今年2020年に“父から娘へ”事業継承の年がやってきました。SNS(Instagram)での発信をきっかけに、お茶屋さんでありながら米粉の焼きドーナツが人気を集めています。その鍵となるのは、“クチコミ”。SNSという情報発信のツールが、これほど盛んになっていない時代から、すでに“クチコミ”を味方にしていた!?
ひとつの区切りはありながらも今日まで事業を継続してきた歴史と、これまでにあった変化について取締役の多山ひふみさんにお話を伺いました。
製茶から小売りへ。100年もの間、事業を続けるために変化してきたこと
まずは、事業の歴史から聞かせてください
はい。うちは、100年以上前には製茶問屋だったんですね。工場と併設されていて、製茶だけをやっていたんですよ。ただ、ちょっと事業がうまくいかなくなって倒産することになって。それが私の父の兄、私の叔父の代でした。
お茶の業界から手を引くというときに、うちの祖母が「山いち」という屋号を残してほしいと言っていて。それでうちの父親が、問屋はやめて小売りだけで、今までよりもだいぶ規模が小さくなっちゃうけど、残してやっていくよっていうことになったんですよね。
それが40年くらい前なのかな。父が小売り専門という形でやり始めて、ついこないだ私に代が変わったところです。歴史は意外と長いんですよね。
長い歴史ですね。お客さまは、やっぱり地元の方が多いのでしょうか
地元密着型そのもので、本当に焼津市にお住まいの方がほとんどです。ただ、店売りだけじゃとてもやっていけないので、「松風閣」様や「かんぽの宿」様など地元の宿泊施設にある売店に入れさせていただいています。あとは、ご葬儀の関係です。ご葬儀の返礼品でお茶を使っていただいているので、その辺が大きいところです。
いま思うと、継続することは本当に大変で。最近ではSNSで、主にインスタで毎日その日の情報を発信して、いろいろな人に情報を届けられますけど。当時はそんなこともできなかったので。
結局は“人のクチコミ”が、よい宣伝効果を生んでいったのだと思います。そのなかでも、ご葬儀の返礼品でお茶を使っていただけていることは非常に大きいですね。
ご葬儀屋さんから生まれたクチコミは、どんなものだったんですか?
最近はそんなことないかもしれませんが、昔は“お葬式でもらったお茶=マズイ”というイメージがすごくあったんですよね。でもうちは、ちゃんと上質なものをそれなりの金額でお出ししたい。安ければいいってものじゃない、という考えがあって。ご葬儀に関しても、それなりのちゃんとした、恥ずかしくないような品物を提供しているんです。
そうすると、ご葬儀に参列された方が、お家に帰ってお葬式でもらったお茶だからって、そこまで期待せずに飲んでみると意外とおいしかった!みたいな感じで。「お葬式でもらった、あのお茶がおいしかったから」って、買いに来てくれる人が意外といるんですよ。それがもういい宣伝効果になっているっていう、いわゆるクチコミですよね。
それはすごい。おいしいと思うだけで終わらずに、わざわざ足を運んでくれるって本当にすごいです!
結局それが、地元密着でやっているメリットですよね。お世話になっている葬儀屋さんも、地元の葬儀屋さんなので。地元のお茶屋のお茶だってなると、お客さんは来やすいというのもあると思いますよ。パッケージの裏をみて、「なんだ焼津市の駅北じゃん。じゃあ、行ってみようか」って。
パッケージといえば、10年以上前にオリジナルで作ったお茶の袋があって。富士山をモチーフにした静岡らしいデザインでチャック付きのものなんですけど、ご葬儀にもその袋のお茶を出しているんです。
よく聞くのは、うちの「茶郷 山いち」っていう名前は知らなくても、このパッケージは見覚えがあるっていう人も意外と多いんですよね。そう思うと、パッケージ効果も大きいのかもしれません。
予期せぬ事態が追い風に、コロナのおかげで勢いづいたドーナツとインスタ
そのころからすでに、クチコミを生み出していたんですね。今年に入って、コロナの影響はどうですか
そうですね。いままで主に、うちの仕事の割合を締めていたご葬儀の返礼品や観光ホテルへの納品とか。そういうものが、もう本当に、ことごとくだめになっちゃって。特に、ホテルのような宿泊施設のお仕事は激減でした。それで全然業務が無くなっちゃって、パートさんも来てくれているのにやっていただく仕事がないような状態でした。
でもそれが、良い方向に転がるキッカケにもなったんですよね。パートさんが「時間があるならちょっとやってみようよ」って言って、もともと置いていた米粉の焼きドーナツのアレンジを始めたんです。せっかくならと、そのタイミングでインスタ(Instagram)の投稿も本腰を入れるようになりました。
そのキッカケは大きかったですよね。まさにわたしも、チョコがけドーナツの写真で惹き寄せられました(笑)
そうでしたよね、ありがとうございます。焼きドーナツ自体でいえば、実は10年くらい前からやっているんですよ。でも、コロナ前までは“ただあるだけ”といった感じで、発信もそれほどしていなくて。いくつかテレビや新聞などメディアに取り上げてもらえる機会があって、よかった時期もありましたが、長くは続かなかったんです。
それが急激に良い方向に転がったのは、やっぱりコロナのおかげですかね。まず3~4月くらいに、ドーナツにホワイトチョコをかけて桜の塩漬けを乗せてみたらかわいいじゃんってなって。もう1個、抹茶のチョコがけもやってみたので、それをインスタで投稿し始めたらだんだん反響が出てきたんですよね。
すばらしい転機ですね。なんで、インスタをやろうと思ったんですか?
えぇー。なんでだろう(笑)でも、自分だと思う!自分も、プライベートでインスタに投稿したり、お店を探したりすることが多かったんですよ。それでやってみようってなって。それから、毎日毎日投稿するようになりました。ハッと気がついたときには、フォロー数よりフォロワー数の方が増えていてうれしかったです。
最初の頃はね、写真撮りもすごくヘタで。たまたま、上の娘が美術系の大学を卒業していて、下の娘は写真部出身だったこともあって。「写真は、なによりも光が大事だ」って言われて、鍛えられました。撮ったものを見せると編集して送ってくれたり、立体感や奥行きの出し方を教えてもらったり。それから自分で少しずつやっているうちに、腕も上がり(笑)楽しくなってきて、続けられているのだと思いますよ。
そうして生まれたインスタの魅力的な写真をみて、実際に足を運んでくださる人もいますか?
はい。時々ですが、どうやってうちのことを知ってくださったんですか?って聞いたりもします。そうすると、「インスタを見た」って言ってくださる方が多いですね。うちのインスタを見た場合だけではなくて、他の方が投稿していたインスタを見て来てくださる方もいますね。あとは「いただいておいしかったから」っていう方も徐々に増えてきていて、またしてもクチコミでの広がりを実感しています。
他の人の影響でうちに足を運んでくださる方がいるように、自分が発信していくことも、地域での情報発信のお助けになることもあるんじゃないかなって。SNSは活用すると、“タダでできるいい広告”だなぁって本当に思います(笑)
やりたいことに向かって、迷わず決断ができる!代替わりで感じたこと
代替わり、コロナ、チョコがけドーナツにインスタ。他には、何か新しい動きはありますか?
ついこないだ、焼津市浜当目にある「めぐみ珈琲ラボ」さんとのご縁があってドリップコーヒーを置くようになって。そのなかのひとつが、うちで扱っている「高草紅茶」とのブレンドなんです。コーヒーと紅茶って全然結びつかなかったんですけど、実際にできあがったのを持ってきてくださったこともあって、置かせてもらうことになりました。
あとは、ハーブティーを扱いたいと考えています。ドーナツに関しては、ケーキのような“おいしかわいい”ドーナツを考えていたり。ドリンクも充実させていきたいし、簡単なイートインスペースも作りたいし、やりたいことはいっぱいありますね(笑)
やりたいことが、山いちさんに合っていますよね。こだわり、手づくり感がしっかり残っているのは、商品からも伝わります
毎日、店内の一角でドーナツを焼いていたり、お茶を袋詰めしたりと、自分たちの手でやることは多いですね。以前に、お菓子屋さんの営業の方に「手づくりに勝るものはない」と言っていただいて。いまでも、その言葉がとても響いています。
機械で大量につくるものとは違って、1日につくれる量は決まっているしお値段も上がってしまいますけど… 安いだけではなくて“ちゃんとしたおいしいものを、少し食べたい方へ”そんなコンセプトでやっています。
お茶を袋詰めするときには、昔から使い続けている秤があるんです。買いに来てくださったお客さんの前で袋に詰めていると、秤の針が動いていきますよね。あえてちょっとだけ、多いかなぁってぐらいに傾いたところまで入れるんです。それも、手作業だからこそできるサービスの気持ちです。
そういった心がけが、人を動かすクチコミを生み出したり新しいチャレンジにつながっていたりしますよね
そう言っていただけると、とてもうれしいです。ありがとうございます!
こだわり、手づくり感を大事にするのと同時に、飽きられないように新しいものを提案する気持ちを持ち続けること、他と一緒ではなくて自分たちならではの“色”を出すこと、常にアンテナを張って見つけるようにもしています。
自分の代になるって不安もありそうですが、楽しい気持ちがいっぱいのように見えます
そうですね。父親の下で一緒にやっていた頃は、何かやりたいことがあっても迷いがあったなと思うんです。それに、父と娘となると「娘の言うことだから」と受け入れてもらえないことも多かったんです。自分の代になったら、どんどんやりたいことに向かって決断して動けるようになった。だからいま、すごく楽しいんですよね!事業承継で悩まれている方がいたら、すぐにでも代わった方がいいと勧めたいくらい(笑)
とはいえ、これまで培ってきた土台があるからこそできることだというのも大いに感じています。私の父親世代のみなさんって、仕事に対して真摯に向き合い、時間も忘れるくらいひたむきに努力する。そしていまでも、すごくパワーがあって元気で前向き。
そんな方々が築いてきた土台は、人とのつながりで成り立っている頑丈で素敵な土台です。その土台の上に自分がいられるからこそ、新しいことにチャレンジしながら取り組んでいける。本当にありがたいと思っています。
今度はドーナツだけでなく、おいしいお茶も買いに行きます!
多山さん、いつもありがとうございます。これからも、よろしくお願いします。
取材のご協力:多山ひふみさん
山いちさんのファン・執筆:鈴木ゆ(サンロフト)
有限会社 茶郷山いち |
〒425-0028 焼津市駅北3-15-28 |
TEL:054-629-6121 / FAX:054-628-2193 (お客さま専用:0120-61-2122) |
Webサイト https://sagou-yamaichi.com/index.html |
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